2018年3月中旬から6月上旬までの約3ヶ月間、カナディアンロッキーでアイスクライミングやアルパインマウンテニアリングなど、本格的な登山のために必要な技術を学んできました。
主催しているのはヤムナスカマウンテンアドベンチャーというカナディアンロッキーの老舗ガイドカンパニーで本格的な登山のガイドやレッスンなどを強みとしている会社です。日本との関係も深く、日本向けのツアー会社ヤムナスカマウンテンツアーズもあり、日本からロッキー登山にツアーで来る場合には現地の催行会社として関わることもあります。
マウンテンスキルセメスターとは?
このプラグラムはマウンテンスキルセメスター(Mountain Skill Semester)という名称で年に2回、春(3月から6月)・秋(9月から12月)それぞれ最大12名までを受け入れて行われています。
カナダで登山ガイドや山岳ガイドになるための事前講習としても機能しており、カナダでガイドを目指す人たちも少なくありませんでした。
プログラムには国立公園でデイハイキングのガイドとして働くことができるための資格や80時間の野外応急処置の資格(カナダでアウトドア関連の仕事に就くためには必須)も取得できるため、ビザさえあれば修了後すぐにでも登山ガイドとして働くことができます。また、雪崩関連の講習もあり、スキーガイド等になるためにも活用できるかと思います。
なお、6月にはクライミング中心の1ヶ月の短期プログラムも開催されています。
プログラムの内容
本格的な登山に必要となる下記のようなセクションがあり、その大部分が座学ではなく、フィールドでの学習と実践で構成されています。
ガイド養成という目的もあるからか、単に技術を学ぶだけではなくキャンプセッティングやリーダーシップなども学び、実践することができます。
- アイスクライミング
- 国立公園向けガイド講習・試験(座学)※ガイドの資格取得(IGA)
- バックカントリースキー ※雪崩の資格取得(AST1/AST2)
- スキーでの登山(Ski Moutaineering)
- 80時間の野外応急処置(座学中心)※野外救急法の資格取得(Wilderness First Aid)
- ロッククライミング
- アルパインロッククライミング
- アルパインクライミング
- エクスペディション(総合遠征)
秋セクションはバックカントリースキーが少し短くなり、その代わりに泊まりでのハイキング(バックパッキング)が入ります。
プログラムの進行
セクションごとに講師となるガイドが2名割り当てられ、そのガイドが講師・インストラクター・ドライバーとしてセクションが進んでいきます。
進行はすべて英語です。公式ではTOEIC600点以上を目安としているようですが、ネイティブが普通に話す速度に聞き取りがついていけないとかなりつらいと思います。私の場合、直前に受けたTOEICが810点でしたが各セクションに関する基礎知識があったので困ることはほぼありませんでしたが、基礎知識がない状態で英語力も自信がない状態だとかなりつらいことになるのではないかと思います。
ただ、はじめの頃は他の生徒たちとのコミュニケーションも大変でしたが、さすがにずっと一緒にいるとそれぞれのアクセントにも慣れてきますし、向こうもこちらの拙い英語に慣れてきてくれるため、生活面も特に不安なく過ごすことができました。また、特に1対1で話すときは講師も多少ゆっくり、かつ、わかりやすい表現を選んでくれるため、わからないことがあって、ちゃんと聞きに行くメンタル的な強さがあれば多少聞き取れていなくても問題はないと思います。
プログラムの参加者
これはそのときによって大きく異なりますが、私の場合は地元カナダから4名、アメリカから2名、日本から2名、アイルランド、イスラエル、タンザニア、ノルウェーから各1名、男性8名・女性4名、年齢も10代から40代まで満遍なく揃っていました。
回によっては、全員男性であったり、ほとんどが10代であったりというようなこともあるようです。私のグループはみなモチベーションが高いだけでなく、頭の回転の早いメンバーが多かったことに驚きました。クライミング技術やスキー技術はそれなりにばらつきは見られたものの、できる人ができない人を見下すようなこともなく、とても良い雰囲気で全員がレベルアップを目指せる環境でした。
はじめは何でも”Great!”,”Awesome!”(ともに「すごい!」というようなニュアンス)と褒め合う文化に戸惑うこともありましたが、全員がポジティブな気持ちで楽しく進めるための方法論としては素晴らしい方法だと思いました。
山が好きで、同じ知識レベルを持ち、相手の技術レベルも分かっているという意味では今後の山仲間としても最適であり、一生涯の友人が見つかるかもしれません。
参加者の目的
これは完全に人によるという感じでした。大学が始まるまでの自主学習としてきたり、ガイドを目指していたり、今後の自分の山行に役立てるためであったりと理由は人それぞれでした。ただ、ほぼすべての人が仕事を完全に辞めて参加しているため、それぞれの家に戻ってからは改めて就職先を探すようでした。
費用
為替次第な面はありますが、生活費を含めて期間合計で約200万円はかかったと思います。内訳は下記の通りです。
- 参加費用:約120万円
- 現地宿泊費:約15万円(追加パッケージとしてプログラムに追加)
- 現地食費:約50万円(朝昼はスーパーで食材を購入し、夜は外食中心)
- 装備購入費:約15万円(極寒地用シュラフとダウンジャケットがメイン)
ちなみに、キャンプ中の食費や宿泊費はすべて含まれているため、宿泊費や食費は休養日や座学のときにのみかかります。装備はレンタルで済ませている人も少なくありませんでしたが、特に冬靴とスキーブーツは足の相性問題があるため持って行った方が無難だと思います。
現地宿泊費は中古車を購入し、車中泊すればかなりの節約になります。ただ、プログラムはかなりハードで休養をしっかり取る必要があることを考えると宿はパッケージにした方が無難だと思います。ちなみに、12名中、9名が宿泊組みでした。通例は、3〜6名ぐらいが多いようです。
ちなみに、参加費用を含め、すべてクレジットカードで支払いが可能です。海外送金をしなくて済むのは助かりますが、そのときの為替に影響されるため、円が強いときにすこしずつカナダドルを買い進めておくと為替リスクが回避できるかと思います。私のときは支払いのタイミングがレート的にかなり微妙(1CAD=約90円)で、1ヶ月後には約10%も円高が進んだため、かなり損した気分になりました。
私がプログラムに参加した理由
私が参加した目的は主に下記のような理由でした。
世界的な山域で標準的技術が学べること
今後より険しい登山や世界中の山を登って行くに際して、何が危険であるかを理解し、各局面で撤退を含め適切な判断が行え、安全に登るための世界的にも標準と言えるような技術を一通り学ぶというのが一番の目的でした。
クライミングを中心としてそれぞれの分野に絞れば国内でも学ぶことは十分できると思いますが、すべてとなると国内だと現実的には難しいと思います。また、世界の山を登るとなると氷河を歩く技術は必須であるところ、国内ではこれを実践的に学ぶことは不可能です。
私の場合は独学で登山やクライミングをはじめ、書籍やネットで知識を得て、それを山で試すということを繰り返してきましたが、情報は断片的で体系的な知識となっていない感覚があったため、今後よりレベルの高い山やコースにチャレンジしていくことに漠然とした不安がありました。
より具体的には、これまでは夏であれば破線を含めた縦走路を中心に歩き、2級程度の簡単な沢を登り、阿弥陀岳南陵などの初心者向けのバリエーションルートを登っていました。冬は西穂高岳、八ヶ岳などのピッケル・12本爪アイゼンが必要となる程度の山を登り、上信越や立山など初心者でも楽しめる山でのバックカントリースキーをする程度です。
これよりもさらにレベルを上げていこうとなるとネットで出てくる情報はぐっと少なくなり、また少なくともルートの核心部では適切な確保が必要になってくるようになってくるように思います。
登頂自体が目的ではないためガイド登山に興味はありませんでした。そうなると自分のレベルを上げるほかありませんが、思いつく手段は山岳会に入る、講習を積極的に受けるというところでしたが、適切な山岳会や講習を見つけることは難しく断念しました。このような手段は信頼できる知り合いなり友人なりがいる場合のみ有効だと思いますし、同好会という性質上、自分のスキル習得のみにフォーカスすることは事実上不可能だとも思っています。
その点、マウンテンスキルセメスターは数十年の歴史のあるプログラムで、国際山岳ガイドを中心に少なくとも現役としてカナディアンロッキーで活躍するガイドが講師となり、自分はその生徒として集中的にその活きた技術を学ぶことができるという意味で一番理想に近いものでした。
実践的かつ短期集中型であること
数年かけてガイドを目指すような総合的な専門学校や大学はありますが、一からすべてをやり直すのは迂遠かつ無駄が多すぎると感じていました。そのため、自分が山を登るために必要な内容にフォーカスされており、また、ある程度高度かつ実践的な内容である方が望ましいと考えていました。
そして数年となると生活面の不安もあるため、半年以内が理想的でした。このプログラムよりも短い、数日から1ヶ月程度のものもありましたが、これだと断片的であり、また知識を自分の中で当たり前のものにするために必要な集中的な時間が確保されないと思われたため、選択肢からは除外していました。
英語で学べること
今後世界中の山を登りに行きたいと考えていたため、技術なりギアなりは英語でも把握しておきたいという思いがありました。また、個人的にも英語中心の生活も一度は体験してみたいと思っていたため、プログラムのオール英語の環境はむしろ魅力的に感じられました。
カナダで行われること
カナダには行ったことはありませんでしたが、カナディアンロッキーをはじめとして昔から興味はあったため、この点も大きかったように思います。人種のるつぼであるため日本人でも違和感なく溶け込め、先進国の中でもとりわけ治安も良く、物価や利便性の面もヨーロッパなどと比べてもバランスが取れている印象を持っていたため、生活する上での不安もほぼ感じませんでした。
参加した感想
想像よりも合理的かつ実践的で、レベルも高く、そして適度なゆるさでとても楽しかった、というのが率直な感想です。
それぞれ良かった点、微妙だった点を挙げてみたいと思います。
良かった点
1. 理解するということを重視する
ガイド間で教え方や進め方にばらつきはあったものの、その多くは「なぜこうするのか」「ほかにはどのような選択肢があるのか」「なぜこうしないべきか」を生徒に考えさせ、発言させ、ディスカッションを通して理解が深められるようになっていました。
技術や方法をやみくもに覚えるよりも、その環境を観察し、特性を発見し、発生し得る問題が考えられ、そのために必要な手段が思いつくことの方が重要ですし、どのような環境にも応用可能であると思っています。
講師も当然それを理解し、自分たちが現場で行なっている判断方法・手順なども交え、生徒に理解させることを最優先に考えてくれていたと思います。
2. 効率的なカリキュラム
カリキュラムも確実に階段を一段ずつ登っていっているような内容になっており、効率的に学習できていることを実感できました。各セクション内でのステップアップもそうですが、各セクションで学んだ技術が後のセクションで応用という形で出てきたりと、理解を深めるための工夫がされていると感じました。
また、自転車に乗れるようになるステップと同じように、一定のレベルに達するには反復練習が重要であるところ、多くのセクションではそのような反復練習の時間も多く取られており、体が勝手に動くレベルに高めることもできます。ロープの扱い方はその最たる例で、ほぼ毎日触るため、必然的にかなり扱いにも慣れてきます。
日本にいるときは毎日触るようなことはなかったため、なかなか身につくようで身につかなかったものも短期で集中的に繰り返すことで定着が実感できました。もちろん、レスキューシステムなど複雑な内容は夜のフリータイムなどに自主的に練習しないとさすがに身につかなかったと思います。
3. 適切なアドバイス
実践的なパートでは常に適切なアドバイスをもらえ、また、疑問にはいつでも応えてもらえました。独学の場合、方法論は分かっても自分が本当に適切にできているのかは分かりません。プロの目から見て何ができていて、何ができていないのかをアドバイスしてもらえるというのはこのプログラムに参加する1番のメリットかもしれません。
また、各セクションの終わりには一対一の面接が行われることが多く、そこで自己評価とガイドからの評価をすり合わせ、いま自分のレベルがどれぐらいなのか、そして今後どのように自分で発展させていくと良いのか、有用なアドバイスがもらえました。
4. 講師と生徒の距離感が近い
英語と日本語の違いもあるでしょうが、基本的にはすべて気楽な友人同士のような雰囲気で進むため、絶えず笑いがあり、発言もしやすい環境でした。緊張感をもって臨むところとリラックスするところとハッキリ分かれるため、集中が切れてしまうようなこともありませんでした。
キャンプでは講師と遅くまで一緒に飲んだりすることもあり、このプログラムのことだけではなく、まさに色々と話すことができ、ガイドの世界の良いところや悪いところ、なかなか聞くことのできない話を聞くこともできたと思います。
5. 色々な講師に教えてもらえる
ある面では悪い点でもありますが、ガイドごとに重視する点や考え方が異なるところに触れることで何がセオリーで何が意見が分かれるとこほなのかというところが見えてきたように思います。
6. カナダの環境が個人的にはとても合った
生活面としてもカナダは素晴らしく、日本よりもストレスが少ないくらいでした。日本よりもすべて余裕があり、丁寧かつ親切しかも気さくな人柄、おおよそのシステムが合理的なところは特に気に入っています。)
日本のような人混みは通勤時間帯でもまずあり得ず、お店や家も広いと感じられるところがほとんどでした。カナダにいるひとたちは常識的な行動を取る人が多く、公共の場でまわりの迷惑を省みずうるさくしたり、道を譲ってもらったりすれば笑顔でサンキューを当然のように言えたりという、お互い気持ちよく暮らせるために必要なことをしっかりと実践できている印象を持っています。
列はほぼ必ず一列で、自分が待っているカウンターだけが進まない、というようなちょっとしたイライラもなく、食事などもそれぞれの好みに応じたカスタマイズが当然のようにでき、食べ残したものは大抵の店で持ち帰ることができるところや横断歩道で歩行者がいれば絶対に止まる、自動車の制限速度は人がいないところであればかなり高く、人の多いところやカーブのところだけは低く設定するなども合理的で日常的にイライラを感じるポイントがほぼありませんでした。
もちろん、住んでみると病院の待ち時間が酷い、役所の処理が遅すぎるなどの問題はあるようですが、日常生活で細かい不満がないというのは精神的にはかなり楽に感じられました。
7. 日曜日や夜も意外と営業している
アジアよりもヨーロッパを想像していたため、スーパーが意外と遅く(22時ぐらい)まで営業していたり、日曜日にも営業している点はとてもありがたかったです。東京とほぼ同じ感覚です。
8. 味付けに概ね満足
日本食に限らず、外食やスーパーで買えるパンやデザートの多くが十分満足できるレベルでした。日本での味や食感にそれなりに近いと思います。ただ、冷凍食品は日本のレベルを想像して買うと痛い目にあうことでしょう。
また、スーパーで安く買える寿司(巻き寿司)やサッポロ一番のおかげで日本の味が懐かしくなることもほとんどありませんでした。醤油系の味付けはこちらでもかなりメジャーです。
悪かった点(微妙だった点)
これが悪かった!というような大きなデメリットはありませんでした。ただ、細かい不満点はあったのでそれを挙げてみたいと思います。
1. ガイド間の質の差
一番はやはりガイド間格差でしょう。ガイドとしては優秀であるのかもしれませんが、教育者としても優秀とは限らないというような例が何件かありました。
こちらから講師は選べないため運に左右されますが、他の生徒の意見も総合してみると、8割以上は高評価だったように思います。8割だと微妙なようにも見えますが実際には各セクションで両講師ともが微妙でなければ実際上の問題はかなりの部分が回避可能です。
2. 気質の違い
やはり日本人は真面目で我慢強い方なのか、時間のルーズさであったり、事務的な説明などは不親切であると感じられる点が少なくなかったように思います。
また、生徒間でも、協調性よりも自分のメリットを最優先する場面も多く、全体最適化にはほど遠いなぁと思うことはかなりありました。
3. 車がないと不便
途中にある5日間の休日や座学期間のオフィスまでの移動など、車がないと困ることがしばしばありました。車で来ている生徒がいないと雨の日などはかなりつらそうです。ホテルからオフィスまではバスがないため、2.3km、約22分歩く必要があります。個人的にはキックボードを日本から持っていけば良かったと思っています。自転車はスポーツ向けかマウンテンバイクがほとんどで、日本的なママチャリは購入が困難です。
4. ゆっくり話してくれない
はじめのうちは少しゆっくり話してくれるものの、少し経つとあっさり日常のペースに戻るためたまに何を言っているのか分からないこともありました。
臆することなく聞き返せば良いのですが、私の場合は何回も聞き返すことはためらわれてしまう性格のため、ストレスに感じることもありました。
5. スラングや小慣れた表現が少なくない
日本語で言うところの「やばい」に代表される、いわゆるスラング(俗語)や簡単な動詞+簡単な前置詞の組み合わせ表現(take over, throw upなど)は多く使用されるためこのような表現に慣れておらず、聞き取れても意味が取れないというようなことがしばしばありました。
生徒間のフリートークなどはさらにこれらが多用されるため、楽しく一緒に談笑できるようになるためには相当の努力が必要だと感じました。
6. 日用品・外食が高い
あらゆる日用品が高い傾向にあります。特に、鶏肉、牛乳、お菓子類、野菜、シャンプー、衛生用品全般は日本の倍近い感覚です。室内用のスリッパもなかなか安いものがなく日本から持って来れば良かったと思うものの一つです。また、外食もチップを含めると1人あたり1,500円以上は最低でもかかってくるイメージです。
7. 薄切り肉が入手困難
大都市のアジア系スーパー以外薄切り肉がほぼ手に入らず自炊で予定していた鍋を作ることができず困りました。
各セクションの詳細を紹介
各セクションでどのようなことをしたのか、それぞれを今後記事にしていきたいと思います。アイスクライミングや外でのクライミング、アルパインクライミングなど、どのようなことが必要だと考えられているのかという点などは参考になるかと思います。