春のセメスターはアイスクライミングから始まります。日本の感覚だと3月の中旬は氷がだいぶ溶けてそうなイメージですが、ロッキーでは寒すぎないアイスクライミングには一番良いシーズンのようです。たしかに寒い時だと標高2,000m以下でも-20度程度になるため、風が吹くと寒いではなく痛いになるレベルでした。1月、2月はこれよりも確実に寒いため、3月以降の方が無難かもしれません。
まずはこのアイスクライミングセクションを振り返りたいと思います。
目次
日程
当然ですが、年度によって具体的な日程は変わるはずなのであくまでも実績としての日程とご理解ください。
- 3月15日〜17日(3日間)@ローカル(キャンモア)
- 3月19日〜25日(7日間)@ジャスパー国立公園
なお、3月18日は雪崩講習(AST1)の座学部分が行われました。これから行くことになるジャスパー国立公園は雪崩が発生するおそれが十分にあるため、事前に雪崩にあった場合どうするかを把握するためであると思われます。
講習の内容とゴール
アイスクライミングは大部分の生徒が初体験のようでした。私も赤岳鉱泉のアイスキャンディで一度だけ体験したにとどまるため、完全に初心者です。
このセクションのゴールはいくつかありますが、一番のゴールは自分自身でアイスクライミングを安全にリードできるようになることだと思います。そのために必要な技術を少しずつ学び試していくというのが全体的な流れです。
1日目:オリエンテーションとクランポンでの歩き方
最初のセクションということもあり、まずは講師の紹介と生徒同士の自己紹介からはじまりました。
自己紹介の後、やっと本題に入ります。技術に先立ち、ますばアイスクライミングをするうえでの危険性を把握することからはじまりました。
アイスクライミングで生じうるリスクを考える
生徒に考えられるリスクを挙げさせながら説明を進めます。ここでは下記のようなリスクが挙げられました。
ちなみに、この記事を含め、以降、リスクとは以下の要素の総合的な考慮であるものとします。
要は、「どれぐらい起こりやすいか」「どれぐらい大変なことになりそうか」「どれぐらい続くのか」ということを総合的に考えようということですね。
発生可能性がすごく高くても、結果がちょっとした擦り傷で、リスクに晒される時間が短い場合にはリスクは総合的には高いとは言えず、また、岩場を超える場合などが顕著かと思いますが、結果が死という重大な問題にもかかわらず、発生可能性の低さ、危険にさらされる時間の短さから、通常はリスクは許容し、ロープ等で確保せず超えていくことがほとんどかと思います。自覚的かどうかは別として、このようなリスクの受容判断を登山などでは常に行い続けているはずです。アイスクライミングでは一般的な登山等よりもそれぞれの要素が高くなりがちであるため、事前にリスクを検討・理解し、適切にリスクの受容・回避といった判断をできるようにしておく必要があります。
落氷(ice fall)リスク
昇温などで自然に発生するもの、人為的に発生するもの(アックスの打ち込みやクランポンの蹴り込みで生じるものがメイン)があり、クライマーだけではなく、ビレイヤーも注意が必要です。
また、ハングした壁についた氷などが分かりやすいですが、氷全体が落ちる可能性もあります。
落氷リスクへの対応
落氷が起こりそうなルートを避けるのが一番です。また、ルートが避けられない場合には落氷しそうなところを安全に落氷させるという方法も考えられます。
その場合、ビレイヤーとコミュニケーションを取ってから落氷させましょう。もし、避けるのが難しいようであればそのルートを諦めることもあり得ると思います。
氷全体が落ちるリスクについては地形、氷の厚み、気温等から総合的に判断するほかないと思います。何れにしても、地面まで付いていない氷(要は特大のつらら)の場合には落ちる可能性を考慮して登る、ビレイする、という習慣をつける他ないでしょう。
また、大小問わず、落ちてきてしまったときのことを考えて、ヘルメットは必ず着用しましょう。
雪崩(avalanche)リスク
アイスクライミングエリアは当然ながら降雪も少なくありません。そのため、常に雪崩のリスクがあります。
雪崩が頻発するのは、斜度 35-45度の間です。そのため、アイスクライミングをする斜面ではなく、主としてアプローチやフェースの上部の斜面が問題となります。
雪崩リスクへの対応
雪崩リスクの高い斜面を歩かない、歩く必要がある場合にはビーコン等を装備のうえ、一人ずつ、早急にその斜面を抜けるようにします。
主としてトップロープをする場合にあてはまりますが、フェースの上部の斜面については、もし可能であれば先に雪を落とすということが考えられます。斜面についた雪もロープ等を使って払っておく(トップロープを斜面に這わせるように左右に動かす)と登りやすくなります。
雪と一緒に落石が起こることもありますので、落氷と同様にヘルメットの着用は必須です。
アイゼン(crampons)リスク
アイゼンを装着しているため、よく刺さった状態でフォールすると捻ってしまったり、着地で怪我をしてしまったりと通常のクライミングよりも危険性が高まります。また、フォールにより自分自身を蹴ってしまったり、ビレイヤーを蹴ってしまったりする可能性もあります。
さらに、装着が不十分である場合にはアイゼンを落としてしまう可能性もあります。アイゼンを落としてしまうと登攀を継続することは難しく、場所によっては致命的なミスになりかねません。
アイゼンリスクへの対応
フォールしてしまったときの危険性が高いため、通常のフリークライミングよりもフォールをしないように心がける必要があります。むしろ端的に言うと、アイスクライミングではフォールしてはいけません。
リードクライミングの場合、フォールしてしまったときに備え、ビレイヤーはクライマーに引っ張られて接触しないようにセルフビレイを取るなどの対策も有用です。
また、登り始める前の相互確認の際に、ロープ、ハーネスのほか、アイゼンに問題(ずれていたり、ストラップが緩んでいたり)がないかを都度確認するべきです。
寒さに関するリスク
アイスクライミングを行う場所は概して寒く、凍傷、低体温症に陥る危険性があります。
寒さに関するリスクへの対応
十分に暖かい装備を持って行きましょう。特にグローブは濡れてしまいやすいため、2−3ペア持っていくようにし、他のペアを使用しているときは濡れたグローブを懐に入れて乾かすようにし、すべてのグローブが濡れた状態という状況を回避します。
発汗によるリスク
寒い中で汗をかくと休息時に一気に冷えてしまい、低体温症になる危険性があります。
発汗によりリスクへの対応
そもそも汗をかかないように早めに衣服の調整を行いましょう。特にアプローチでは汗をかきやすいため注意が必要です。この辺りはアイスクライミング特有というよりは冬山全般にあてはまる内容かと思います。
日差しに関するリスク
極寒の状況でも太陽が出ると氷や雪に反射して雪目になったり、日焼けをする可能性があります。
日差しに関するリスクへの対応
サングラスの着用、日焼け止めをつけるといった対策をとります。これも冬山では当然の対応の一つですね。
凍結に関するリスク
特にアプローチにおいて、路面の凍結により転倒する危険性があります。
凍結に関するリスクへの対応
凍結状況や斜度等を踏まえ、アイゼンを装着しましょう。
結局のところ特有のリスクとは?
何と比較するかにはよりますが、やはり落氷に関するリスクがアイスクライミング特有のリスクではないかと思います。自然的な落氷は冬山登山でもありえますが、相当大規模な落氷ではない限り、影響はそれほど大きくないように思います。
アイスクライミングの場合、落氷は主としてアックスの打ち込み、アイゼンの蹴り込みで発生することが多いため、適切なコミュニケーション(落氷時に「アイス」と叫ぶなどは最低限)でビレイヤーに知らせていくことが重要です。また、ビレイヤー側も自衛策としてアイスのフォールラインを避けるようにしましょう。適切な場所に移動するだけで少なくとも危険な落氷は回避することができるかと思います。
また、寒さに関するリスクは冬山であれば常に向き合うべきリスクではあるものの、通常の雪山よりもグローブが濡れやすいため、常に乾いたグローブを着けていられるように管理していくことが重要です。その方法論のひとつがグローブを懐で温めておくという方法です。濡れた状態でザックに入れておくと乾くどころか下手すると凍ります。
アイゼンでの歩き方
アイゼンの扱いは重要です。登る時に必要であることはもちろん、アプローチ、取り付きの各段階で一番気をつけないといけないのがアイゼンのテクニック(cramponingと呼んでいました)です。
基本的な発想は雪山登山と変わりません。角度がきつくなるにつれて前爪を使っていきます。
基本
まずは歩くときの基本的な内容から確認しておきましょう。
足はこぶしが二つ入る程度に開く
安定した態勢を作るため、十分に足を開きましょう。膝の間にこぶしがふたつ分入る程度が目安となります。
アイゼンは氷に乗せるのではなく、氷を踏む
アイゼンを氷の上にただ置くのではなく、足を踏み込んで、一歩一歩足が安定していることを確認する必要があります。氷の上に乗っているだけだと、斜面では滑ってしまうおそれがあるからです。特に斜度がきつくなってきたときには注意が必要です。
同じ側の手足を同時に動かす
右足を踏み出すときは右手を同時に動かします。いわゆるナンバ走りのような感じです。アックスが足に引っかからないようにするためです。
少しずつ進む
一歩が大股だとアイゼンが刺さらず、滑りやすくなります。安定する範囲で歩幅を調整しましょう。
斜面を登るときの基本
まず基本は足は氷に対してフラットに置くということです。斜度がきつくなるに従い、、、
- 登る方向に対して足を横にする(サイドステップ)
- 片足はフロントポインティングに、もう一方はサイドステップ(スリーオクロック)
- 両方ともフロントポインティング
という流れで変化していきます。サイドステップでも斜面に対してフラットにすることを忘れないように注意しましょう。斜めに置こうとすると刺さらずにそのまま滑ってしまうおそれがあります。
それぞれの態勢で気をつけるべきは大股にしないこと。一番やりがちです。慣れないうちは意識的に歩幅を小さくしましょう。また、特にサイドステップで登るときは、足をクロスするときに反対側の足に引っ掛けないように大きく回すよう注意しましょう。
サイドステップでの歩き方
サイドステップで進む場合、まず山側のピッケルやアックスを上にずらし、谷側の足を前から回し、足がクロスする状態にします。その後クロスした状態の谷側の足(当初の山側の足)を後ろ側から回します。これで一番はじめの状態に戻るため、これを繰り返して登っていきます。
それぞれの足が安定していることを確認してから反対の足を離しましょう。
前爪を使って歩くときの注意
フロントポインティングで進む場合、以下のようなことに注意しましょう。足のテクニック自体はアイスクライミングでも同じです。
強く蹴り込まず、ぐっと押し込む
思いっきり蹴り込むのではなく、ある程度の力で蹴り込み、そのまま押し込むようなイメージで蹴り込みましょう。
膝から下を振り子のようにして蹴り込む
脚全体を動かす必要はありません。膝下だけを振り子のようにして蹴り込みます。
かかとの位置はつま先よりも低く
アイスクライミングの場合に特に注意すべき点ですが、かかとはつま先よりも低い位置にすると安定しますし、抜けにくくなります。足首を曲げたまま蹴り込むと良いかと思います。
両足の高さは同じになるようにする
片足を上げたらもう一方の足は同じ高さになるようにします。両足の高さが離れると安定性を欠き、滑り落ちやすくなるため、高さをなるべく揃えておくというのが原則です。
一歩の高さはふくらはぎの半分程度
アイスクライミングでやりがちなのがフリークライミング並みに足を上げてしまうことです。前記の通り、安定させるために、一歩ずつあげる足の高さは反対側の足のふくらはぎの真ん中程度を目安にしましょう。
上半身はまっすぐにする
特に斜度がきつくなると、つい上半身を丸めてしまいそうになりますが、上半身は丸めず、まっすぐ立たせましょう。垂壁に近い角度を登るような状況だとむしろ反るような見た目になります。
腕の角度は90度が理想
アックスを打ち込むのは頭の少し上、肘や脇の角度が90度になるぐらいが理想です。ただ、斜度が低い場合には、ヘッドを持って斜面に刺す(ダガーポジション)ため、90度より小さくなります。ダガーポジションの場合、手は顔よりも低い位置にある方が安定します。
スリーオクロックでの歩き方
基本的にはサイドステップとフロントポインティングの複合形ですが、特有の注意事項があります。
フロントポインティングが常に高い位置
常にフロントポインティングを先に進め、サイドステップ部がそれに追従していく形になります。L字のような状態になりますが、基本的には足の半分ぐらい離れたところにサイドステップを置くようにしましょう。
トラバースするときにはサイドステップ部を少し低めに
斜上する場合や横にトラバースするときにはフロントポインティング側のかかとが反対側の足に引っかかりやすい状態になります。そのため、サイドステップ部を通常よりも少し下げておくと引っかかりにくくなります。
斜面を降りるときの基本
45度くらいまでの斜面を降りるときの基本的な態勢です。この態勢で不安があるときはクライムダウンを選択することになります。
爪先は平行に、斜面の真下方向に向ける
斜めにしてはいけません。一番斜度がきつい方向にまっすぐに向けた方が安定します。
膝を90度程度曲げる
足が滑らないようにするために、足は少し前傾に近い態勢になります。膝は90度近く曲げましょう。45度くらいになるとお尻がかなり斜面に近づきます。
足のサイズの半分を目安に進む
一歩はかなり小さくして歩く必要があります。足の半分程度の長さ、十数センチ程度が一歩の目安です。
アックスの持ち方・振り方
最後にアックスの基本的な持ち方、振り方を教えてもらいました。
アックスは小指で引っ掛けて、握り込まない
まず、アックスを下に向け、アックスの最下部の指がかかるところに小指をかけて、その他の指は軽く握る程度にします。特に親指、人差し指で握り込むようにしてはいけません。
ダーツを投げるように振る
力を入れず、ダーツを投げるようなイメージで振ります。叩くのではなく、肘から振り子のように振る感じですね。
真上で振る
腕をまっすぐ上げていったラインで振るのが基本です。斜めには振らないようにしましょう。
1日目を終えて
以上が1日目に行った内容です。雪山をやっていれば新しいことはあまりありませんが、一通り基本を確認する良い機会になりました。
アイゼンワークはいくつかのグループに分かれ、説明の後、講師にチェックしてもらいながら何度も練習を行いました。自分だと客観的にチェックすることは難しいため、適切にチェックしてもらえるのは本当にありがたいことです。
次回からはローカルでのアイスクライミングがはじまります。